平成19年10月4日
高山さんへ


つい先日、施主(高松さん)と地主両者の契約が整いました。ただの山を山林にしたり農地にしたり宅地にしたりするのは人間の勝手だけれども、地目変更のための審査が進んでいる間も、山は山として変わりはしないということは、当たり前です。益子ですから、山といっても緩やかな丘のようなものですが、昔から日本人は少しでも盛り上がっていると、ありがたがって、もしくはおそるおそる何かの名前を付けていたのでしょう、工務店の会長さんに現場敷地向かいの山が「雪解け山」と呼ばれているということを教えていただきました。それを聞いたとき、山林だ、農地だ、宅地だという固い言葉ばかりを使っていたので、正直ほっとしたというか、嬉しい気持ちになりました。私は常々、山を切り崩してコンクリートの土砂を利用する側の立場としての苦しさというか、そういうものを感じているのですが、人間と自然は関わりながら生き延びてきたのだということ、その会長さんの言葉で思い出し、少しだけ慰められたのです。そして、何年も何十年も何百年もの間、人はその山を見て雪が溶けるのを確認し、「ああ春だな」と思っていたのだと思うと、なんだか安心するのです。その山が山林かどうかということよりも、「雪解け山」と呼ばれていることの方が、私にとっては信頼に足りるような気がします。能登にある「モーゼの墓」もそんな山のひとつでしょう。高山さんが、ふと窓の外に目をやって変わらないものに意識を持っていけることが素敵なことだとおっしゃったこと、ますますその通りだと感じるこのごろです。

数年前にイギリス人と日本人のカップルの家を設計する機会がありました。若いカップルでしたので、イギリスに住む親が新築費用を出してくれることになっていたのですが、親は、日本の家屋の資産価値が十年そこらでなくなる、ということを知ると、融資を中止すると言い出しました。それを聞いたとき、たしかに十年後に無価値になるものに融資をする人などいるはずがないと思いました。しかし、今となって考えてみると異なるレベルで、それもまた違うのではないかと思うようになりました。価値がなくなるという考え方は都市的な問題、というかシステムの問題で、おそらく最近の発想なのだと思います。もう少し時代をさかのぼると、そもそも、その若いカップルのような生活者が価値を求めて建物を建てていただろうか、ということです。建物といっても、ほとんどの人は「雨風をしのぐ屋根と壁」という程度の家に住んでいたわけですし、資産価値があるから建てたのではなく、雨風をしのぐ必要があったから建てたはずです。現在だって実はそれに変わりはなく、資産価値があるから買う人はいても、資産価値があるから住む人なんていないような気がします。
日本の住宅の平均寿命は26年そこそこです。2X4の安価な木材でできたアメリカの住宅でさえ44年は生きながらえるのです。融資を中止したクライアントの親が住むイギリスでは、75年の寿命があるといいます。もちろん、簡単に比較はできません。地震を含めて災害の頻度も違うでしょう。そもそも、日本の住宅は朽ちていくことを前提に、建築することを「むすぶ」という感覚で捉えていた過去があります。しかし、問題は、現代のように地震にも火災にも強い住宅でさえ、26年も経つと建替えられる、という事実です。26年ごとに建物が建て替えられるというのは、あまりにも自然に負荷のかかるサイクルです。政治的な原因もあるかと思いますが、おそらく、「時間」の感じ方、扱い方の変化が一番の大きな要因ではないかと思っています。つまり、われわれは共同体の一員として生活をしていましたが、近年、自立した個人として生活するようになったことによって、己の人生を、永遠に循環する世界の一時期という捉え方ではなく、一回限りの完結的な捉え方へと変えたのです。

ルフランの「労働の歴史」を読むと、むかし、ヨーロッパの職人は日が暮れると仕事をしてはいけないというルールがあったそうです。夏でも冬でも日本よりも日が長いですから結構な労働時間なのですが、お日様(世間)に隠れて仕事をしないという職人気質のようなものも影響していたようです。照明器具などないわけですから、生活や労働が自然時間と密接だったといえます。私は、自営業ですから時給では働いておりませんので、世の中のサラリーマンから比べると、「報酬」は「時間」から自由だといってもいいかもしれません。より職人や農家に近いかもしれません。それでも、建築設計という労働はパソコンという消費材に向かっている時間がほとんどになります。パソコンはネットにつながっていて、設備機器や建材、例えば最近でいえば必要性すら疑わしい火災報知器の機種を検索して選んだりします。新しい商品の情報がばんばんと入ってきて、お客さんはあまり理解しませんが、図面を描く時間と同じくらいの時間が検索だけの作業で消費されます。こういった作業に費やされていると、職人や農業に携わる人々とふれあう度に、自分の中で何かが失われていっている、ということに気がつくのです。
はたして何が失われていっているのか。今回の高山さんに対する問いに則して考えると、おそらく二つの意味での「時間」が失われているのです。ひとつは、私が縛られている西洋的な一分六十秒という時間が、設計および検索活動によって単純に失われます。もうひとつ、私が幼児の頃もっていたはずの、自然的な循環する「時間」感覚そのものが失われていきます。確かに、自然と繋がっていたころに感じていたはずの自然時間です。
このふたつの「時間」について考えるために映画の話に戻ってみます。数年前に撮影された小栗康平監督作品『埋もれ木』に美術として参加しました。この映画は、三千年前に火山灰に埋まってしまった木々を取り扱っています。この木々がひょんなことから姿を現し、人々の目にさらされます。現代人が地上だと確信していた世界(地面)の下に、次元の違う別の地底が存在したわけです。そのことは、その地上で生活をしていた人々のあしもとを文字通り揺さぶります。樹齢が数百年から千年になる大木がまるまる地面に埋まっているので、人が木の根元に触れるためには地上から深く潜っていくことになります。地底に足を運ぶ人が見上げる先には、木の先端、そして生活の場である地上があります。地上から地底を見下ろすと、まず木の梢が見え、遥か下に木の根元が見えます。これを階段が結び、人々が行き来をします。先ほども申し上げた、永続的な循環する時間(自然/地底)と一回的な時間(現代/地上)とが交錯します。何が確かで何が不確かなのか、「時間」を鍵に読み解いてもこの映画は面白いかもしれません。

農業や職人の仕事は人間個人が自立したからといって単純に成立する仕事ではありません。気候のことがあったり、自然との関係性の中で成り立つ仕事です。培われた経験や技法があって、そして自然があって初めて仕事として成り立つわけです。スターネットで使用された柱や梁は「埋もれ木」ほどではありませんが、三百年も前のものだと聞きました。棟梁は解体された古い材を扱うとき、当時新しい材としてそれを組み立てた棟梁と会話をするように、ああだこうだいいながら構造を組み直していました。ひとつの現場の中で、三百年前の棟梁が現代の棟梁と関わるわけです。高山さんにお借りしたビデオの中に、ネイティブインディアンが聖地としている岩山が出てきました。その岩は叩くと金属的で高く響く音がするのです。番組では触れられていませんでしたが、そこを訪れるインディアンは遥か昔に同じ場所で同じように岩を叩いていた人と時空を超えて対話をしているに違いない、と思いました。確実にそこに在った、ということと、これからも確実にそこに在る、ということの豊かさをその音色に感じました。その音色に耳を傾けるときに何かが感じられるのかもしれません。高山さんが古い木を叩いて音に耳を傾けるときは、どのようなことを思うのでしょうか。
高山さんの家にはテレビがありませんね。家具を作る作業場は、おそらく日が暮れれば真っ暗でしょう。家周辺は田んぼに囲まれてなにか幻想的な雰囲気があります。家には小学校六年生のそれこそ「自然」児がいます。高山さんは、私とは全く違った時間の感じ方の中、古い材とにらめっこしては組まれていく家具を夢想しているのではないでしょうか。そして作業場を離れて家族と一緒のときも、時計の針の音ではなく、なにかの音色が聴こえているのではないでしょうか。高山さんの生活に漂うような音色に私は私の中の生活で触れたいと日々思いながら過ごしていますが、あしもとに別の地底が存在しているということを感じつつも、残念ながらいまのところ聴こえてくるのは時計の針の音ばかりのようです。

過去のやりとり

平成19年08月22日 高山英樹さんから町田への手紙を読む >
平成19年07月21日 町田から高山英樹さんへの手紙を読む >