Archives for the ‘家’ Category

不自由

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自分は写真家ではないから写真が自由なのかというとけしてそうではなくって、とても不自由で、その自由を手に入れた者が写真家と呼ばれるようになるのだと思うけれど、、、、(益子,2016)

空/家/大地

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空と大地を繋ぐもの(沖縄、2015)

氷面

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氷面(宮守、2016)

森の廃墟

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廃墟の森(遠野、2015)

表層

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ひとの生活を含んだことのある家(北鎌倉、2001)

望月

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ひとに会いに度々訪れる町がある(望月、2015)

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墓(台北、2007)

白い扉と黄色いドラム

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白い扉と黄色いドラムが美しい(沖縄, 2001)

トランスフォーム

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変容する家(真岡、2009)

エッジ

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エッジにある家(羽幌、2013)

ハト小屋

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陶芸家のハト小屋(益子、2014)

女の庭

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ハトの軌跡を辿る旅は、女の庭を探す道(黒磯、2014)

反射

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ガラスに映る夏の記憶(綾織、2014)

小屋

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春(栃木、2014)

意志

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住むという意志が崖にへばりついている(バルパライソ、2009)

気配

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椿の前 ふたりの少女 こんにちは

日陰村

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記憶(長野、2006)

進歩

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昨年も、その前の年も稚内での放鳩シーンを撮影できなかった。努力が何かを約束してくれるわけではないけれど、稚内の空を想像できることはまぎれもない進歩(オン・ザ・ロード/ルートH)

朝食

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次の震災がいつくるのかもわからない、安全な食が保たれるのかもわからない、そんな世の中なのに、政治は世をさらに混乱させようとしている、これも、理屈がわからない。わからないことだらけだけれど、この子が毎朝必ず白いご飯を要求してくる、という決まりごとに、なにか糸口がある気がしている

耳をすます

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耳をすました(石神井、2013)

秋口

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風雨

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風雨をしのぐ家(岩村、2013)

大谷海岸

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そのとき、気仙沼方面に向かって器用に線路の上をとことこと歩く猫と眼があい、互いに、はっとしました。(気仙沼、2012)

そらの道

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ねこの道、道草、そのうち、そらの道(チューリッヒ、2012)

アト

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カエル

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どんな家でも、家は、カエルところ(沖縄, 2001)

チセ

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アイヌのチセ(家)は、ひとつの原型かと思われます。「なにが必要なのか」「どうして必要なのか」を自然に対して答弁する責任をこれ以上の家を望むひとに課してみたらどうだろう、その時、私はなにを望み、どう説明するのだろうか。(オン・ザ・ロード/ルートH)

なごり

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はとよ、いずこ(オン・ザ・ロード/ルートH)

惹かれるもの

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身を守るためにつくられてきた家がとにかく私を惹きつけるのは、それが私一人の興味というよりも、太古の昔から引き継いだ記憶に触れる(振れる/降れる)から。潮風にさらされたこの家の主は今はカラス。(オン・ザ・ロード/ルートH)

ちょっと待ってよ

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冬は、葉も落ち停滞して当然の季節だから、好きです。梅が咲き、桜が花開く頃には、なんだか進歩を要求されているようで、ちょっと待ってよ、という気持ちになってしまいます。世の中はそんな声には答えてくれないけれど、でもその、ちょっと待ってよ、の前にまだ冬なのが東北です。いや、青森の白浜に住むこの家の住人が、ちょっと待ってよ、と私に声をかけてきそうです。そして、そんな両者を必ず待ち構えていてくれるのが、次くる冬です。(オン・ザ・ロード/ Route 6)