Archives for the ‘大地’ Category
水曜日, 21 12月 2022

あの山が、人にとっての風景なのではなく、自然にとってのひとつの出来事なのだとする感性があったのなら、きっと、それは全体としてありありと見えるのだろう
ただ、現代人である今の私には、それがどうしても見えない
それでも、山と山とのあいだにそれが座していることが体感としてわかるのだから、センサーとしての私の身体は、そんなに鈍いものではないのかもしれない
なんなら、だいたら、いいのよ
だって、
あなたもわたしも
あったものではないのだから
そう言ってくれているのが、私に、聴こえる
いや、私は、そう聴こえたふりをしている
だいたら、だいた
おん、だいた
互いにだいたら、あなたもわたし
どのみちひとり
だいたら ぼっち
暴力的にも、そんなふりをして
わたしは、垂直的な時間の中で
あなたを、とっぷり、抱いている
しかし、感じてみるとその熱量は、わたしにとってはあまりにも膨大すぎて御(ぎょ)しがたく
恐れをなしたわたしの一部が、それを名前として閉じてしまう
敬意を評して「おん(御)だいた(代田)」
そして、それは大きく捉えれば間違った行為ではなかったのだろう、と、我に返った、私は、そう思う
場を開きっぱなしにする癖のある私に「閉じるのも優しさだよ」と言ってくれたのはSさんだった
またいつの日か暴れるその日まで
せめてそれまでどうか健やかで
山あいのあいまに、ごろねん、ねんね
静かに、静かに、おねむりなさい
いつかまた暴れられる、その日まで
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火曜日, 7 1月 2020

ひととつちはほぼ同義である。加えて言うならみずもまた(写真/矢野津々美)
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木曜日, 14 12月 2017

本州の最北の地で海藻を干す人と小屋(大間、2017)
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金曜日, 10 11月 2017

最果ての賽の河原(恐山、2017)
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火曜日, 3 5月 2016

15年ぶりに訪れる聖地は、15年の月日をどう飲み込んだのだろうか
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月曜日, 14 3月 2016

空と大地を繋ぐもの(沖縄、2015)
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水曜日, 11 3月 2015

ただ、そこに在るということ
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月曜日, 30 6月 2014

か細い棒切れに結ばれた赤い布があちらこちらで風を受け、へんぽんと翻っている。揺れる布は、こんにちは、そんな風に言っているようでもあるし、さようなら、そんな風に言っているようでもある。こんにちはとさようなら、その両の手に掴まれて身動きが取れなくならないよう、できるだけ私情を挟まずにぽっぽぽっぽとハトのような返事をする(ハト本短編第四集『笑い』より抜粋)
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金曜日, 20 6月 2014

花がてっぺんに来たら梅雨があけるんだよ、そうおばあちゃんに教えてもらったという記憶はないけれども、そう、おばあちゃんが言っている気がする
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水曜日, 19 3月 2014

歳くったら一個百円とかの仕事じゃなくって山でも奇麗にしたいなぁ、そうつぶやく山崎のお父さん。原発事故後、断念していた落ち葉さらいを再開するべきか迷いは続く
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木曜日, 30 1月 2014

あっちからこっちに流れる生活の糧
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金曜日, 24 1月 2014

新年に旧年を思う
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火曜日, 29 10月 2013

ジャングルのジム(オン・ザ・ロード/ルート4)
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火曜日, 22 10月 2013

今年もこの季節か、という風に考えることもあるけれど、毎回毎回、なんとかここまで来ることができた、というほうが気持ちに正直な感想です
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火曜日, 9 7月 2013

旅先でおいしい食べ物を食べたり素敵な出会いがあると、もちろん「ごちそうさま」「ありがとう」と言うべきひとに言うけれど、それでもそれを述べ足りないように感じるときがある。そんなときにこそ、その土地の神様っていてくれているような気がして、僕は、その土地にある神社に行って「ありがとうございます」とお礼を言うんです。
そんなことをおっしゃるお客様を益子にお迎えして、僕の大好きな神社にお連れする、そして、「すんごい神社だ!」と喜んでくれたときの充足感って、、、、。当然、私も神様に「ありがとうございます」とぺこり。
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金曜日, 19 4月 2013
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木曜日, 28 2月 2013

撤収だ!と言われて最後の最後にボールを蹴り込んだ男、それを見守った女、それを想像するわたし。
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金曜日, 22 2月 2013

ハトを無事に家に返すひとつの力となるのが、愛、だといいます。「家に(のっけてくれる)かーちゃんが待ってくれていると思うと誰だって帰りたくなるだっぺ」とは山崎さんの弁。寄り添いながら身を守り、寄り添いながらよりよい生き方を考えるのが、種のとってきた道なのかな。(オン・ザ・ロード/ Route 6)
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月曜日, 21 1月 2013

数年前、ここで田んぼを耕していたあのひとは、この景色を見て笑うだろう、泣くだろう。ゆめ?うつつ?はっとするほどの黄色い大地を、今は雪が白く染めていること、私は、私の山の白さの中で、夢想する。(オン・ザ・ロード/ Route 6)
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土曜日, 1 12月 2012

駅前の神社、多分ここは毎日毎日「こんにちわ」という言葉や想いが溢れるところだったでしょう。今、それはなく「さよなら」があるだけ。(オン・ザ・ロード/ Route 6)
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土曜日, 3 11月 2012

どこを飛ぶともわからぬ大地と空にあって、通ってくれたらいいなと思いながらまちぶせをする。地形や風を読んではいるけれど、無駄を覚悟でまちぶせる。じっと息をひそめて待っていると、その息が次第に環境に溶けていくのがわかる。動物も山も人もなにもないような気になる。けれど、待ち望んでいたあなたが目の前を通ると、はっと、全てがまた環境から突出して、人間だ!という気持ちが一気に沸き立つ。鷹もそんな感じではっとなって、ハトを襲撃している。そういやー、君もハトくんを待っていたんだよね。(オン・ザ・ロード/ Route 6)
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火曜日, 2 10月 2012

ひとが目で感じて捉えている世界は、世界のほんの一部でしかないということを、ここ尾羽の里にある綱神社に展開した川崎義博さんのサウンドインスタレーション作品で確認しましたが、サウンド、といわれると耳のことのように思われるかもしれません。しかし、耳が感じていることもまた、ひとが感じていることの一部でしかないでしょう。それじゃあ、五感で感じればそれが世界の全てなのかというと、そうじゃない、まさにそのことに気づかせてくれるのが、川崎作品の魔術なのです。
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土曜日, 3 12月 2011

石川直樹さんが最後の冒険家と称した神田道夫さん。彼が最後の冒険へと飛び立つ最後の最後に踏みしめただろう大地は栃木でした。毎年、冬のおなじころでしょうか、何艘もの気球が家の上空を流れていくのに出くわします。空に浮かぶ気球を見ると、ふと、神田さんの目線が意識されるのです。海しかない、そんなところに不時着する気持ちなど私からは遥か遠いはずなのに、一瞬ですが、その海を感じるのです。海に面していない栃木にいて、そんなことを可能としてくれる、一年のうちでも貴重な日。きっと私の中で、神田さんはまだ冒険の途中なのでしょう。
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金曜日, 11 11月 2011

山の麓に押し寄せる生活の波は、こうしてみるととても儚い夢のよう。たしかにそこに山はあるのに、、、、。私の生活に、本当に寄り添ってくれるものが何なのか、表現者として考えさせられた、富士の裾野に立って。
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月曜日, 17 10月 2011

大地を見下げていると、そこに空も見えるような気がするんだけれど、空を見上げていて、そこに大地が見えると思えるときもありますよね?
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木曜日, 22 9月 2011

海の底と思えば泳ぎだしそうだし、地面にのっぺりと横たわっている姿は生命体そのもの。これを軽々しく「もぐ」と言っていいものなのか。そんな疑問はおそらく農家のひとにもあって、囲炉裏を囲ったとき山崎のお母さんは「体調が悪いともっていかれるの」とつぶやいていました。
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火曜日, 19 7月 2011

どうしたらよいのですか? ようやくたどり着いたのに、問いかけるべき岩は、音もなく、時間の中へと消えてゆきました。今、問いは問いのまま、私の前にあります。
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土曜日, 16 4月 2011

大地と空を分つものは何でしょうね。おそらく、そんなものを分つのはないんでしょう。それぞれはそれぞれに浸食し合いながら、環境というものに含まれている。いや、大地と空を分つものなんかなくって、そして、私ともつながっているんだったら、それらを含むものとしての環境なんてあってないようなものなんじゃないのかな。まあ、それでも、ひとまず上三川の西汗という場所の写真に「大地」という名を当ててみるわけですが、それはそれ、これはこれ。ちなみに、この場所を撮影したのは数年前、今は建物も木も現存せず。
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