映画「ハトを、飛ばす」

ぐっすりと寝た後だったのか、深い眠りにつく前だったのか、ふと、自分は、ハトの映画を撮るのかなぁ、とぼやぼやとした意識のままに映画を撮るそのことだけを決めたのが2010年の暮れでした。「レース鳩」を撮りたいと山崎農園の山崎光男さんに伝え、中古カメラなどの機材を購入したりして準備をしていた矢先、東日本大震災が起きました。
体験したことのないほどに揺れたその夜、大地がひたすら恐ろしくなって見上げた空に境界はなく、満天の星が瞬いていて救われる思いがしました。都市のあかりの届かぬ空に敷き詰められた無数の光源に見とれていた私はその時、少しだけ古代の人に近づいていたのかもしれません。けれども数日が経ち原発が爆発すると、今度はその空を見境もなく渡る風のこと、そして、その風が触れた土のことが無闇やたらに恐ろしく感じられ、そうなって、私は私自身をつくづく現代に生きる人なのだと思い知りました。
ほうれん草の出荷が停止された頃には放射能についてのある程度のことが情報として知れていましたが、わたくし個人の先行きに光を見つけることなど、遠い遠い未来のことのように思われました。農家が丹誠込めて育てた野菜の行き先すら見つからないのですから、「わたくし」というふわふわとしたものの未来など、目に見えぬセシウムと一緒になって風に乗って散り散りに散ったままでした。
そんな中、自分のことも他人のことも一緒くたに、どうしよう、という気持ちのまま山崎農園に足を運んだ際、光男さんがふと私にこう切り出しました。

ハトの映画を撮るっぺよ

私の町に、それはそれ、これはこれ、とでも言うように、私が右往左往している間にも淡々と野良仕事を続ける農夫がいました。土の恩恵を存分に受け、そこに根ざしながら空高く飛ぶ術を知っているハトのようなひとりの農夫が、私の町には、住んでいました。土地と空とは、それぞれがそれぞれを写した鏡像だ、ということを鳥が空を通して知っているように、ハトをやる農夫は土を通して知っていたのでしょうか。いや、土に活かされ空を知る彼こそが、空と土地の間にある一枚の鏡なのかもしれません。

人は、自然は、文化は、科学は、風は、そしてあらゆる命は、どこから来て、そしてどこへとゆくのでしょう。

私は、その答えを求めるために一枚の鏡(レンズ)を覗き込みました。映画は、歴史上、輝かしいものばかりを捉えていたわけではありませんが、光男さんの口から零れ出た「映画」は、その時、私には、きらきらとまばゆいばかりに輝いて感じられました。私の中から散り散りになって散っていった、光、そして未来、東北、そんなものが撮れるような気が、漠然とですが、したのでした。

構想から映像を撮り始め、編集をすること6年。ハトが通る空の道に標識がないのは当然ですが、ここを、まさに、今、そして私を通過するかもしれない、とひたすらに待つ時間が沢山ありました。津軽海峡の混濁とした水面を見ながら待ち、福島の白河の水の抜かれた田んぼを眺めながら待ち、いわきの風抜ける丘に隠れながら待ち、そんなことを繰り返し、つくづくと、待つことに終わりはないなと思ったのでした。今日蒔いた種が明日実を成らすことはないですが、繰り返される毎日の中で、その瞬間を待ちながら誠意をもって「今」を生きていると、気がつけば技術は向上し、そして、気がつけば生活が向上しているのでしょう。待つ、ということ、待つという環境を整えていくということにこそ生活の基礎がある、そのことを、撮影の合間に、痛感いたしました。

 

On the night of March 11, 2011, I got so terrified of the land and looked up to the sky, where I saw no boundaries and numerous shining stars. I felt relieved. On this day, I might have got a little closer to an ancient human. But after a little while, I became scared of the wind sweeping irrationally across the same sky as well as the land that had been touched by it, and it made me realize that I am a modern human after all.

In my town, there was a farmer who kept on working as if nothing had happened, preparing the next seed beds. The land and the sky are the mirror images of each other. Just like a bird knows it through the sky, the farmer knows it through the land.
The farmer, who keeps the race pigeons, knows how to fly high in the sky while being rooted in the land and benefits fully from it, could actually be the mirror between the sky and the land.
Where do human, culture, science, wind and life come from and where are they heading? I looked in to the mirror to find it out.

 

 

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