アメリカンフラワー

2016061906

アメリカンフラワー(下仁田、2016)

青と緑と

2016061907

青と緑と(佐久、2016)

壁/影

2016061903

ピンクの壁(益子、2016)

エコール・ド・タカハシ

2016061910

高橋恭司さんが主催する写真勉強会「エコール・ド・タカハシ」に度々参加させていただいています。参加者各自、恭司さんと一緒に町を歩きながら写真を撮って、次回の勉強会で発表するという形式なのですが、それを複数回重ねると、自覚的に少しずつ「わたくし」を横滑りさせたり左右上下に振ってみたりすることができるようになります。小さな差異に対する感度を上げていくことができる貴重なワークショップです

夏の残像

2016061902

夏の残像(益子、2016)

白い部屋から黒い部屋へ

2016090601

「旅の追憶」への追憶の旅/マヤ・デレン

旅の追憶

2016090602

「旅の追憶」への追憶の旅/切り株

2016072001

穴はどこにでもあって、穴をあるものとすることができれば、その穴はぱかりと開かれる

気配

2016061908

風が気配を運んでくるのか、気配が風を運んでくるのか(下仁田、2016)

コンポジション

2016061901

stilllife+gift_labo企画『島影巡りー音と光と気配による三夜ー』の最終夜に池田泰教さんの「3 PORTRAITS and JUNE NIGHT」が上映される。終了後の「ドキュメンタリーとコンポジション」という内容のトークに参加する

不自由

2016060701

自分は写真家ではないから写真が自由なのかというとけしてそうではなくって、とても不自由で、その自由を手に入れた者が写真家と呼ばれるようになるのだと思うけれど、、、、(益子,2016)

聖地

2016050301

15年ぶりに訪れる聖地は、15年の月日をどう飲み込んだのだろうか

光り

2013110601

光りがあるその先へ

黒猫白猫

2016031401

ミチカケ連載『土と土が出会うところ』
第6回目「黒猫のようなもの、白猫のようなもの」

根っこをいじっているからか、どこかみんな、なんとなく、ふかふかとふわふわとしていて、柔らかかった。そう、震災と原発事故を経たこの時期、私のまわりのだれもがなんとなくとふわふわしていた。それに伴い当然に双方を含んだ空気も、ゆらゆらと、揺れていた。けれどもそれは不確かなものを確かなものと偽っていた頃の揺れとは違い、何もないところから何かが始まるときの革新的なゆらぎだった、ときっと数年経って振り返ればそうだった、と言われるもののようにその時の私には思えたし、今もそう思っている。(一部抜粋)

空/家/大地

2016031101

空と大地を繋ぐもの(沖縄、2015)

gift_labo

2016022001

第一回目上映@gift_labo/清澄白河(写真提供:gift_labo)

馬搬

2016021501

こうやって少しずつ風景がつくられていく

氷面

2016020601

氷面(宮守、2016)

謹賀新年

2016010101

昨年は、土祭などでいろいろな方にご協力頂いたりしまして、とてもお世話になりました。今年は各地で映画の上映があるかと思います。どこかでお会いできるとうれしいです。本年度もどうぞよろしくお願いします

森の廃墟

2016010801

廃墟の森(遠野、2015)

冬が来る

2015060801

大好きな冬が来る
停滞しててもいい、冬が来る

表層

2015110801

ひとの生活を含んだことのある家(北鎌倉、2001)

望月

2015110701

ひとに会いに度々訪れる町がある(望月、2015)

2015072301

墓(台北、2007)

白い扉と黄色いドラム

2015060201

白い扉と黄色いドラムが美しい(沖縄, 2001)

トランスフォーム

2015052701

変容する家(真岡、2009)

エッジ

2015051701

エッジにある家(羽幌、2013)

ぴんぽん再び

2015040901

気仙沼の友人を訪ね、夜はぴんぽんへ。今宵もタラチョをたくさん、たべたっちょ(オン・ザ・ロード/ Route 6)

みずろく

2015040101

季刊誌ミチカケに連載中の『土と土が出会うところ』に、「みずろく」を寄稿しました。書きながら、だんだんとミズロクがなんなのかが、じんわりと自分にも分かってきて、発見の多い執筆時間でした

存在

2015031101

ただ、そこに在るということ